ゆーかのらくがき日記

徒然なるままに、人類には速すぎるブログを書きたいと思います。

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鬼神誕生 『我思う故に我あり』 中

言葉が発声できるようになるまで時間がかかる

まだ指ですら正確には動かせないのだから

今は、言葉どうしに論理的に繋がりを作っている

すると、大人の使ってる日本語に【精密さ】が欠ける事が鼻につく

聞き手によって【自由に解釈】出来てしまうのだ

これは、もしも、全ての会話が自由に解釈できてしまえば

何も会話していない事と同義になる

そうなれば 会話は事実からしか内容が推測が出来無い

言葉を・・・ というよりも、心を上手に伝えたければ

精密な言語を話すか、自らの【行動に対して誠実な】言葉を発するしか無い

善人には善人の、悪人には悪人の、愚者には愚者の言葉であるべきだ

馬鹿な両親を例にとって話すなら

注:「愛している」と言いながら殴る 言葉は短いが、どのように伝わるだろうか?

今は親としての自覚も余裕もなく乳幼児を虐待してしまうが

けっして命まで奪う気はなく 

いずれは親としての責務を果たすから

それが出来るようになるまで親の邪魔にならないでくれ


とでも言ってくれれば

そうですか ではこの家には居られませんので

どうか捨ててください


と言えたのですが

とにかく見栄を張ることに必死で、会話にならない 大人と言うものがまるで信用ならない

注:ほら! 事実からしか伝わってない 
事実無根:内容に信憑性が無いゼロ そこから真実を導くために割る 会話の内容が矛盾:情報ゼロ
事実無根の言葉が矛盾をはらんでいれば、それは0/0=答えはなんでも良いとなる

乳幼児相手に、見栄が張れていない大人が社会で通用するはずもなく

お父さんは、私が1歳の時に会社をクビになった
注:おっと!クビになったタイミングで第二子誕生ですよw これは殺害したくなるねw

おそらく、口だけで通用する仕事ならば1歳の私の方が上手く出来るはずだ

普通、結婚して子供が出来たばかりの30歳の大人がクビになるだろうか?

余程の役立たずに違いない

さらに言えば両親の結婚した年齢と子を産んだ年を考えると

滑り込みで無理やり結婚したとしか思えない

両親の仲も悪い・・・ が なんと結婚を反対されていたのに恋愛結婚したのだと言う

そういった話をいつ聞いたのかって?

もちろん1歳の時だ 父親への愚痴として聞いているのだ

が・・・ それはとても不自然な供述だった 母親は自分の悪い点は一切、語っていない

ウザイ親の供述は憶えているが、取り敢えず主題は【心とは何か】なのでこの辺りで次へ移ろう
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
生まれて半年で、立って歩けると同時に日本語の発声も可能になった

もちろん殺されない為の必死の努力の成果だ 
全力全開生まれた時から全力全開!

したがって他人の多少の努力は『はぁ そうですか』で受け流してしまう
これは人としては嫌われる最大の要素だが 思考の基準が自分であることは他人も同じだ
年と共に多少、言葉に気をつけるようになるが お世辞を言わない(褒めないわけでは無い)

話せるようになるまで ずっと言葉・心・存在について考えていたので
知りたいことは本に聞く 

どうせ親では質問に答える事は不可能だ

私は絵本も読むが
ぐりとぐら平仮名は【ぐりとぐら】で憶えたよ
辞書も読む

辞書を全て覚えてしまわないと、本を読むことが出来無いからだ

まず必要な事は 本が読めるようになるまでに想定していた意味に該当する
言語と辞書の単語を統一する事

辞書に書かれている漢字の解読もしなければいけないので(注:辞書にフリガナが振ってない)
日本語を完全に理解するまで二ヶ月もかかった

人生でもっとも長く読書に時間を費やしたのが国語辞典 まぁ読書というより解読なのだが

その時に考えていた事は 

心の発生には、言葉どうしで相互に意味が補完されている必要があると言う事

それは私であっても、生まれた直後に心・自我の発生が成されなかったからだ


脳内にどの様な辞書が形成されれば

心・自我の発生となるのだろうか?

辞書の解読をするには関連のある言葉ごと

別のページをみて、単語を調べなければならなかった

目次では辞書の中を体系的に見る事が不可能なのだ


一つ知りたい言葉が増える度 部首から発音を想像し 
想像した発音から、目次に戻って解読するのはとても骨が折れた

注:辞書の中で【天上天下唯我独尊】という言葉を見つける 特に不思議とは思わない
私より【少し】賢い程度だ この程度の子供は沢山いるのだろう

私は考える

人間の脳の中は、辞書の目次のような構造はしていない

心・脳内言語辞書はどの様になっているのか?

それは辞書よりずっと関連性を【検索しやすい】構造でなければならない

右代宮霧江
どのように辞書を見れば一瞬にして全てを見渡せる 神の視点を得る事が出来るでしょうね?

私は国語辞典を開いて裏返してみる

 

もし 本が背中の纏められている地点から読む事が可能ならば

一々最初のページに戻る必要も大量の付箋も必要ない

知識とは横方向 平面上に関連ごとに並べられ 

それらを読み出す意識とは縦方向 垂直に移動する物ではないだろうか?

それならば学習がどのような順番でなされても知性が発生する事に矛盾が無い

脳内に記録されたバラバラの情報は、読みだす時にプログラムされる

書き込む時は無秩序で構わないのだ!

そして本の背中 接着剤で繋がった部分が意識

心ではないだろうか?

バラバラの知識を一つに纏められ、情報の移行も簡単だ

そして、初めにまず記録が紙に書かれてから製本で纏められる

これならどの様な環境 言語形態からも意識・心が発生できる


注:未だに人間の意識・心の発生は、まず意識(プログラム)ができ
そこから樹木が成長するように枝葉を伸ばして出来たと考える者が多い
プログラムどうりに知識を獲得した 
これはあらゆる状態 環境・言語で心が発生できる
究極のプログラムが人間の脳には特別に備わっている事になる
そんな都合の良いプログラムが在るだろうか?

さて・・・ では具体的には【接着剤】では何が行われているのだろうか?

1歳の時の私は、間違いの候補を幾つか上げ そこから答えを探そうとした

たとえば自我という本の背表紙には【自分の名前】が書いてある

そうすると自分が溜め込んだ知識は、自分という事になるのだろうか?

これは、それほど的外れな思考ではないと思う

実態はこうだ

意識は心・言葉に纏められる時【これは私が考えた】と

署名捺印する機能しか持っていないのだ


タイプライターで文字を打つ事を想像してみよう

誰が打っても文字には個性は無い それは、どの人間が観測する太陽や風、水 

見たり聴いたり知覚した情報は、全て同じで無個性である事と同じ

無個性の集合に個性を感じる唯一の方法は 文体だろうか?

そんな事で何億人もの人間の個性が区別出来るだろうか?

タイプライターで打たれた文章に個性をつける唯一の方法は・・・

【この文章は私が書きました】と署名捺印する事だけだ!

意識、心、自我という物は 常に今【考えて、感じて】いるのは
【私だ】という署名捺印を記録に対して行なう脳内処理
無意識という物もコレで簡単に説明出来る 単なる署名の欠落だ

これが認識される自我だの正体だ!

B★RS
と、ボクはキメ顔でそう言った

では、私の多重人格とは 幾つもの署名をもった個人と見分けがつかない
ペンネームだとでも思われるかもしれない

その事は次に回そう

テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学

鬼神誕生 | コメント:9 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

私も言ってることとやってることが違うのを見ると
どうしていいかわからなくなります
こういう状況に置かれると精神的病気になりやすいらしいです
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89

最新脳科学でも意識は自分が考えた
と思い込むだけのものだと考えられ始めたようです

私もきっとそれが正しいだろうなと思うのですが
自分の意思で考えたつもりになってるだけ
というのはなかなか辛い事実に感じます
2012-05-20 Sun 14:14 | URL | ダメ子 [ 編集]
この中の言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなるというのが初期人格【Faust】なのですが
今は11人いるのでその他の項目も当てはまります

与えられた情報が同じでも別々の答えを導き出すことが出来る

それが個性という素晴らしい物だと思います

私は【ワタシ】と考える部分に個性が無くとも 人々はそれぞれ違った答えを見つける事が出来るのですから

自我が自動的であっても個性が無いわけでは無い むしろ脳は個性的であると思います
2012-05-20 Sun 15:43 | URL | 斑のゆーか [ 編集]
この話が正しいとすると(実際正しいと思ってるのですが)
「自分の意思で考えた」とか「強い意思を持って努力した」
とかいう言葉が成り立たなくなるのじゃないかと思うのです

「脳の電気回路の関数が自動で結果をアウトプットしたのを
私の意識は私が考えたと署名捺印した(思い込んだ)だけ」
というのは(少なくとも現代の人間にとっては)
感覚的には納得しづらいのではないかと思います(私含めて)

私もこの文章を自分の意思によって頭を使い
考えたようなつもりになってますw
2012-05-21 Mon 19:44 | URL | ダメ子 [ 編集]
個性的である事の価値・魅力と、自我があると感じるシステムが
混同されていることが問題なんだと思います

天才でも愚者でも普通でも変わった人でも【自我自体は単純なシステムで同一】と書いたつもりです

記憶の中から言葉や行動選択を選び出した【個性】は千差万別でありながら
個人によってかなり決まったパターンがあります 性格診断などでも区別されるように

個性と自我が同一の様に語られるために起きた混乱なだけ

私が子供の頃【精密な日本語】にこだわったのは、論理学的に言語を精密に扱わないと
矛盾が生じ、答えを導けない 意志の疎通が上手く出来ないからなのです

私が親やクラスメイト達とすぐ喧嘩になってしまったのは
言葉の精密さの違い、意思の疎通が出来なかったから
単語の一つ一つが普通の人の日本語より遙かに精密なのです
猫のような言葉行動をする人格は【一般人に合わせるため】
精密な言葉で意思の疎通が出来無いならば【いっそ言語を捨ててはどうか?】
という実験から生まれたの

個性的である事は何物にも代えがたい財産 
それはマイノリティであるにも関わらず生き残れる優秀さを秘めているの

生物の進化も人間の科学や文化も【個性】によって引き起こされたのですから

PS:私の写真記憶がインターネットより知識量で圧倒的に劣るとしても
私と同じ推論が出来る 同じ答えに至る人がそれほど居るとは今でも思っていません
情報量が同じでも、誰でも同じ答えが出せる訳ではないのです
2012-05-21 Mon 23:08 | URL | 斑のゆーか [ 編集]
個性それ自体が素晴らしいというのは
その通りだと思うのですが、
私が恐ろしいのは
『自我は行動の原因にはなりえない』
のだろうと思えることです
「おなかがすいたから、ご飯を食べた」とは言えず
「おなかがすいた、ご飯を食べた」
としか言えないのではないかと

小飼弾が似たようなことを言っています
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50886561.html
2012-05-22 Tue 10:53 | URL | ダメ子 [ 編集]
自我は行動の原因では無いですね

ブログ内読みました

たとえば【自由意志が在る】と言うならば【依存症】を克服出来無い止められないとは
なんでしょう?となります

自分の意志で【もう止めたい】と思っていても出来無い
たとえば、勉強なども自分の意志でやりたいと思っても出来無い人も居るでしょう
運動も限界を超えた酷使には意志とは無関係に 
肉体が壊れる遥か手前で出来なくなってしまいます

限界まで自分を酷使しない人々には、実感しにくいのかもしれませんが
極限まで身体を鍛えた事がある私には【自由意志なんか在ったっけ?】
コレ以上やろうと思っても【身体が言うことを聞かない】
脳も身体の一部です、内蔵や筋肉からの反応ですら心の一部ではないでしょうか?

私は【人間の心は血液の中にある】という表現をします 少し後で説明します



【自由意志】という言葉は曲者で、あたかも行動の選択肢
【出来うる全てから自由に選べる】と錯覚が起きそうな表現です

厳密には【好きか嫌いを自由に選択出来る意志】

多くの行動選択をすべて自由に行ったとします
食料を手に入れる事に能力の50%を費やさねばならないのに
【自由な意志がランダムな行動】をしたとして生存が可能でしょうか?

そのような事をしては野生では生きていけません
【食べ物を必要なだけ集める】【満腹したら休む】
その事に全力を費やしもしも余力が在れば【次の狩り・行動への練習をする】
これが遊び/自由の原点だと思います

自由とは生存行動の予行演習 
脳内の回路だけで次の行動を鍛える事が出来れば、肉体のエネルギーロスは最小限
怪我による不測の事態も、脳内予行演習では起こりません

という事は【自由意志】とは脳内に存在する【行動選択をする回路の数】
パソコンは、まるで判りませんが1つのコンピューターと人間の脳の差は
プログラムの種類の量ではないでしょうか?

大量のプログラムの中から、どれかを選択出来る 

コンピューターに自由意志が無いように思えてしまうのは
行動選択肢が人間に比べて少なすぎるから

個性=自由意志=沢山の脳内回路

では脳の回路は何が動かすのか? 

脳の回路+体内のホルモンバランス 

肉体が求める事を脳は実行する・・・ そうしなければ生物は生きていけない

薬物治療を依存症に対して行うのは? 心の病に薬を使うのは?

薬を使って肉体で変化する場所 

それは【血液】 

血液だけが、体内の全ての臓器と脳とを繋ぐ回路 血液が通わない部位は死滅します
生きてさえいれば、どんな細胞も分泌物を出しそれは血液によって全身をめぐります

人間の心はどこにある? と問われたならば 一言で答えるなら

【心は血液の中にある】 と答えます

人間は生存が他の生物に比べ余裕が出来過ぎました 

その余裕は一見すると生存に無関係な行動も行います

しかし夜空の星を見て季節/暦を作った人間の行動は生存に有利なためですね?
今では星を見上げる事は趣味程度であったとしても

たとえば漫画を描くのは、漫画を描いて生きていける社会だから
もしも【自由意志】なるものが芸術を競いたいという思いを作るなら
未開の地の原始人が漫画デスノートを描けていても不思議は無い

パチンコやタバコの依存症はパチンコが無い世界には存在せず
私のような本の虫は本が無い世界には存在しない
私は【現代日本だから生まれた】

自由意志という個性は、社会と肉体と切り離して考える事は不可能です

前方から肩をゆすって歩く不審者が現れれば 道を避けて通るでしょう?

他人が肩を揺すっただけで、自らの行動を曲げるのは果たして【自由意志】?

そして道を譲らない選択肢がある人間は【自分は相手より強い】という回路を持つ物ではないでしょうか?

たまに正義は悪に勝つなどと思っている老人がDQN相手に殺されたりしますが
昔はそれでも生きていけた実績・回路があったのでしょう

基本的に現実に即していない回路をもつ生物は死にます
法律という回路はイコール現実ではありません

では、それらは賛美されない無謀な蛮勇?

おそらく人々が直感的に【自由意志】と聞いて思い浮かべるのは
寧ろ、この新しい未知の事へ挑戦する余裕

心の余裕とは【ある行動をしても死なない個体】

人間の持つ、数ある回路の中【未知への挑戦をする回路】だけを
自由意志と呼んでしまっているから、言葉が不適格になるのです
(人によって究極的自由は何かが違えば それは回路の名前を変えただけ)

ああ、なんだかとても話が膨らんで全体が見通せなくなってきました

【社会と肉体と脳】 全てが合わさって【心】なのです

ブログの中で自伝と絡めて書こうと頑張っていましたが
話が纏まりが無くなって上手く書けませんでした

下書きはあったのですが ここで別の形で書いてしまいました

書きたい書きたいと思っていた題材ですが 
これほど反応が在った事は【私の人生】では在りませんでした

全人生を通して私の話をまともに聞いてくれた人は居なかったのです

ですから本当はコメント欄で書きたい内容では無かったのですが

ここで書いてしまいました 自由意志じゃありませんw
2012-05-22 Tue 13:55 | URL | 斑のゆーか [ 編集]
内容的にはほぼ全面的に同意です
ただ、「自由意志」という言葉の定義上
ここであげられているものを自由意志と呼ぶよりは
ないと言うほうが正しいような気がします。

一般的な人が思っている自由意志は
「どういうものかはよくわからないけれど
(脳の中にある?)私の意思というものが
独立して存在し、周りのものから自由に行動できること」
だと思います。
デスノートを無から生み出すことは無理でも
(私の意思というものの能力の限界)
デスノートを読むか読まないかは私の意思によって
決めることができる。
と思われているはずです。
そして止めたいと思うのに止められないは
私の意思というものの能力の欠如と捉えられているはず…

というのは我思うを信じていたころの私の考えでもあります

ブログにも書いてみました
もし興味があったら
http://yukatotenjo.seesaa.net/article/271211794.html
2012-05-23 Wed 19:10 | URL | ダメ子 [ 編集]
拝見しました 

人間が持つ現在のコンピューターに無い機能

それは【自分が好きな事をする】自ら興味を持った事を強化して反復的に行いそれを得意な行動とする

行動・思想に対して持つ個人の哲学
それを【価値判断基準】を持つという言い回しを作ってあります
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前コメントの中 話が長くなるため割愛した部分

人間の心を脳の中の現象だけで捉えて欲しくないのです

人間が行動すると、外部の事象も変わります
その事により自分も他者も心に変化が起きる

前述の身体を揺すって歩く人物 彼の脳内は・・・

身体を揺すって歩く 
身体が他者と触れ合う危険のある 専有面積を大きくするディスプレイ行動 を
【威嚇】戦う準備があると見せる事によって、他人を縄張りから退ける事が可能

実際の強さに関係なく 戦いを避けたい個体に対して有利に働く
【自分は強い】という感覚を得られる→また肩をゆすりたいという動機
縄張りを広げたいという思考は、生物の生存はその土地から得られる生産量が有限な為

身体を揺すって歩く人間を見て道を避ける行動 脳内・・・

無用な争いを避ける 人間の社会は個体の戦闘能力に生存を依存しない お金で物が買える
縄張りを主張する必要性が無い事を普通の【社会人】は学習している
ただし、こんどは【お金】という物が生存に関わるのでその事に対しては縄張りを主張する
生きる為に必要である限度を超えた、使い切れない量の金額を収集する行為もディスプレイ行動

物理的に争わなくても済むように、一見して見えるのが人間社会

社会~自分の周囲の生存環境を変容させる事を人間は行えます
それは個人では困難になったのは社会が大きくなりすぎたから
実感出来る社会への改革が非常に少ないだけで
生存環境や法律が変化すれば、人間は生き方考え方を変えます
変えなければ、環境に対して的確な反応では無いからです

【心】これは幾つもの意味を持つ言葉 あまり横行な言葉を使いたくない為【心】としておきます

【心】=脳+肉体+環境(社会) この三角関係はお互いに常に変化を与える事が可能です

脳は肉体に行動せよと言う 肉体は環境を変化させる 環境(社会)は脳に影響する 
法律・貨幣経済・自然環境・戦争・宗教・娯楽・恋愛etc 

すべて環境は人の行動を左右する しかしその環境は人の行動で変化もする

自らの行いで変化し、且つその結果がまた自らに変化を及ぼすサイクル 

自己フィードバック機能を有する、その構成要素である【社会】も【心】の一部である

社会が心の一部として捉えにくいのは、自己の行動で起こした変化がすぐかき消されてしまうから

他の人間もまた社会を構成する要素だからです

群れを作る生物・蟻や蜂 魚の群れでさえ 全体で動いた時知能が在るように見えます

生物は環境を変容させる 変容した環境は生物の生存に影響を与える

心が肉体と切っても切れない関係ならば その肉体を維持するため切り離す事が出来無い世界も【心】の構成要素 
私はそう言い切ります
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
B★RS黒衣マトは黒い魔都 黒い世界という意味 心と社会を切り離す事は出来無い

自分の心の中に 世界はこうなっているに違いないというシュミレーターを作る

その想像の通りに行動し、違っていれば傷つく事もある 何かを力強く変える事もある

日本は安全な国だと信じきって脳内シュミレートしていれば簡単に事件・事故にあって死ぬ

人間は自分の観測し、経験や論理・知識・情報から 社会・環境・世界を想像するしか無い

世界を全て見通す事が出来なくても 自らが住む社会の環境の近似値を脳内シュミレートは出来る

そしてコロロに想った通りに行動し 何かをすれば必ず変化が起きる

電車で席を譲って 誰かを助ける事だって変化 
疲労から救われた肉体は感謝する 口にまでは出ないかもしれないが
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自由意志=自分で何が好きか嫌いか決める能力=価値判断基準を持つという事

何が好きで、何が嫌いで、何をしたいか、何をしたくないか

生物の走性 光を見て近づくとか 食べ物を見て食べたいとか 

周囲の環境から何を行うべきか選択し、環境も変化させる

食べ物を口に入れるさい 【これは栄養だ】 【これは毒だ】 とは吸収してからしか事実は判らない

しかし 吸収してから 毒でしたでは死んでしまう

体内の反応にレスポンスしてから脳内で反応していては間に合わない

【価値判断基準】を設けなければ、生物は生きてはいけません

したがって 完全な根拠【事実の確認無しに】 好き嫌いを決めなければなりません

死亡する危険に対してタイムラグが起きないよう 先読みしてレスポンスしている

その行為が社会・環境の事実と完全には一致しない

その認識のズレがあるため 社会が【心】の一部である事を容認出来無い

自分の中で想像する世界と現実の世界は 
脳や肉体が受け止める事が出来る情報に
限界があるため一致しない

一致しなくとも近似値で行動は出来る 【価値判断基準】は自らの行動指針【哲学】と言っても良い

完璧な根拠は無いが 私はこう生きるべきだと仮定する 仮定/想像する能力

仮定であるため それが間違いだと立証されるまでは仮定に即して行動出来る

それを【自由意志】=【価値判断基準】=【哲学】=【仮定して事実に先行して行動する能力】

仮定であるがゆえ 無限の思想・思考・心の自由がある

その間違い/正しさを、自ら証明出来ても出来なくても 仮定を立てる事は出来る

間違っていれば傷つく事もあるでしょう 死亡する事もあるでしょう

正しかったとしても、多くの人間が異なった判断をすれば 予測は裏切られるでしょう

【囚人のジレンマ】などのように ←ダメ子さんだから使用した言葉 
普段なるべく日常会話で説明する努力をしています

人間の持つ【自由意志】を【仮定する能力】と私は宣言します←決定 コレ以上は私には回答不能

【心】は脳+肉体+社会の相互作用 お互いにタイムラグがあるため【仮定】によって行動する

⊂⌒~⊃。Д。)⊃ バタッ ユウカ ガンバッタヨ
2012-05-23 Wed 23:08 | URL | 斑のゆーか [ 編集]
長文ありがとうございました
負担をかけてしまったみたいで…

感覚的に違和感がある部分もあるのですが
それは結局のところは「心」と呼んでいるものの
定義の違いによるのだろうなと思います

ゆーかさんの定義
【心】=脳+肉体+環境(社会) 
に対して私は心を
全体=脳(の無意識部分)+肉体+環境(社会)+【心】
と定義しているので、心のできることって
ほとんどないなと言ってるのだと思います。
この、全体を【心】と捉える考え方(もはや感じ方の問題?)
が私にできるかわかりませんが、いろいろ考えてみます

付き合ってくださり、ありがとうございました
2012-05-24 Thu 12:14 | URL | ダメ子 [ 編集]

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